連載1-3/AIでチームビルディングの効果を測定。学生成長のための真の課題とは【大阪電気通信大学】
- odlabo
- 2025年9月25日
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更新日:2025年11月25日
新入生ガイダンスの刷新により、学生同士の関係性が深まり、授業の出席率も向上した大阪電気通信大学。しかし、そのポジティブな変化を、どう客観的に評価し、学内全体のコンセンサスへとつなげたらよいのか。この難題に、改革を主導した学務部長の溝井浩先生(共通教育機構・数理科学教育研究センター 教授)は、AIや機械学習の知見を活かした独自の分析で挑もうしておられます。分析材料として用いられたのは、3学科で実施されたチームビルディングプログラム『自己の探求』の、事前・事後アンケートの結果。プログラム開発者の理論を学習させた「デジタルツイン」で、学生の変化の質を解き明かし、数値の上下だけでは見えない成長の可能性を探っておられます。最終話では、ユニークな効果測定から見えた確かな手応えと、大学が次のステージへ進むための本質的な課題について迫ってみました。

――先ほど「自己の探求を体験した新入生は大学生活を楽しんでくれているように感じている」とおっしゃっていただいたのですが、プログラムの効果を検証するため、溝井先生独自で学生アンケートの分析を行ってくださったと聞きました。そういうことをやってみようと思われた動機をお聞かいただけませんでしょうか。
溝井先生 実は『自己の探求』の導入について、学長は割と前向きだったんですが、理事長はあまり積極的ではなかったんです。学務部長として大きな予算を獲得して実施したことですので、その効果のほどを理事長に説明しなければと思いまして。
――理事長が導入に難色を示した理由はご存知ですか?
溝井先生 理事長は元企業経営者方で、マネージメントの観点からチームビルディングのような研修もたくさん経験されています。「単にこういうものを導入しただけで物事がうまく運ぶわけではない。学生が変わるのも大事だけど、そもそも先生の方が変わらなければ意味がない」と非常に強くおっしゃっておられました。そのうえで、きちんと効果を出すということを条件に予算を獲得したので、ラーニングバリューさんから正式な報告をいただくまえに、取り急ぎ機械工学科のみ、私の手元で分析してみたのです。
――プログラムの効果を測るため、事前と事後にアンケートを実施しています。大学生活やプログラムに対する期待や不安や、プログラム前後の自己評価(主体性、実行力など17項目)について問うものですが、回答結果をどのように分析されたのでしょうか?

溝井先生 単に数値の比較をしただけでは説得力がないので、プログラムの開発者である北森義明先生の理論に沿って、学生たちがどのように成長したかを確認したいと思ったんです。私の専門は物理学なのですが、いわゆるAIや機械学習というものにもずっと携わってきましたので、これはいい素材だなと思ったのも動機の1つです。北森先生のAIをつくって、「この結果をちょっと分析してください」というようなことをやってみようと。
――それが「デジタルツイン」というものですか?
溝井先生 そうです。分析結果を学長と理事長に見てもらいましたが、面白いねと言っていただけて、今のところはやってよかったということになっています。
――分析結果は私も非常に興味深く拝見しました。北森先生は2019年に亡くなられたのですが、我々もAIが作った北森先生の「デジタルツイン」を読みながら、「北森先生ってこんなこと考えていたんだな」ということを改めて感じさせていただきました。そのことについてもう少し聞いてみてもいいでしょうか。分析結果には「自己理解、相互理解、目標統合」という3つの言葉が導き出されていました。あれは何をデジタルツインに読み込ませたことで出てきたのでしょうか?どのような手法で分析されたのでしょうか?
溝井先生 事前・事後のアンケートを比較して、どのような差があるかについての分析は、一般的ないわゆる機械学習で行っています。そのうえで、その分析結果をどう解釈するかを北森AIで行いました。北森AIには、ネット上の無料で入手できる情報しか入れていませんが、AIがいろんなレポートを学習した中から、アンケート結果をうまく表現するような言葉を選んで回答しています。
――なるほど、面白いですね。私もかなり北森先生の著書を読んだのですが、その中にはチームビルディングを明確に定義するような言葉は出てきたことがないんですよね。ただ、亡くなられる前に書いた本にちょっとだけ「こういうことじゃなかろうか」ということが書いてあって。それがまさに「自己理解、相互理解、目標統合」という言葉だったんです。特に、「目標統合」という言葉は、チームビルディングに関するさまざまな著書や北森先生以外からは聞いたことのない言葉だったので、印象に残っていました。目標統合は何を意味するのか、といったこともあまりはっきりと書かれてなかったので、今までこちらで勝手に解釈していたんです。それが、あのデジタルツインからはっきりと示されたので、非常に面白いなと思っておりました。
アンケートはクラスタで分析されておられましたよね。その分析結果をご覧になられた、溝井先生ご自身の感想はいかがでしたか?
溝井先生 クラスタは3つほどに分かれています。普段、新入生に1ヶ月ぐらい授業をやってみると大体3グループぐらいに分かれてくるのですが、そういうことが『自己の探求』を実施する段階である程度見えるのかな?と感じて、面白いなと。これで予測ができるのなら、逆に、そのクラスタごとに「この学生さんはこういう傾向があるから、今後こういうアプローチで行ったらいいのかな」などという対応に活かせそうだと思いました。
――なるほど。それをデジタルツインに分析させたら、北森先生の理論に応じて、3つのクラスタそれぞれの質の深まり具合のようなものが見えてきたということでしょうか。
溝井先生 そうですね。各クラスタの学生がプログラムの中でどう変わったかということを答えてくれたのと、今後各クラスタの学生にどのようなアプローチをしていったらいいのかといったことまで教えてくれるので。

――それは、いわゆる学力じゃない部分、例えば、気持ちを盛り上げるとか人間性を育てるといった側面に対するアプローチということですよね。その辺りのことは、貴学も課題に感じておられるのでしょうか?
溝井先生 そうですね。まずは世の中で一人前としてやっていけるような人間性を育ててあげるのが私たちの使命で、そこにある程度の専門性も備わっていればなおよいと思っています。この大学に来てやっぱり良かったなと思ってもらいたいし、親御さんや高校の先生方の期待にも応えていきたいですね。
――人間性を育むためのツールとしての期待もあって『自己の探求』を選んでくださったということですね。ありがとうございます。
このプログラムは、チームビルディングのプロセスをたどるように進んでいくのですが、私は北森AIによる分析結果を読んで、その意味付けをしてくれたように感じました。溝井先生は結果を見てどのようにお感じですか?
溝井先生 当日、本学の新入生が受けたプログラムについての情報はAIに与えていないので、デジタルツインは『自己の探求』というプログラムの一般的な情報だけで回答していると思います。だから、始めに「記者会見」を行って、最後に「バスは待ってくれない」のグループワークをしたというプロセスも情報として与えたら、そのプログラムの中で学生たちはどのように変化していったかということも評価してくれるのではないかと思います。それは次の宿題ですね。
――デジタルツインから感じられる北森理論みたいなものに対して、溝井先生が感じられることはありますか?
溝井先生 人を育てるのがうまいなと思います。例えば、我々はアンケート評価を見る際に、数値がどう「上がったか」を気にしがちですが、北森先生は「変わらなかった」という事実から学生の特性のようなものを前向きに捉えて、「変わらなかったということに、その子なりの理由があるはず。そこをちゃんと評価しなさい」というようなことを返してくれるんです。逆に、数値が下がる子も若干いるんですが、そういう子についても「最初は楽観的だったが、プログラムを通じてより深く物事を考えられるようになったから下がったんだ」とかいう感じで、すべてを前向きに評価してくれるのはすごいなと思います。我々には「アンケートがプラスに変わることがいい」という前提や思い込みがありますが、そうではなくて、「変化をどう分析するか」ということを教えてくれたのが、私にとってはすごく勉強になりました。
――なるほど、確かにそうですよね。私がデジタルツインによるアンケートデータ分析を拝見して印象に残っているのは、「発達的時間差の尊重」という考え方です。「成長の早い人・遅い人が混在してこそ、学びの場が育つ」。そんな話を北森先生としたことはなかったので、私にとっては新しい視点でしたが、北森先生の考えていたことやなさっていたことへの理解が深まり、非常に勉強になりました。
溝井先生 デジタルツインの回答は、普段我々が使わないような言葉がいっぱい出てきますが、非常に的を射たような表現で、本当にこんな言葉で北森先生は話していたのかな?とちょっと気にはなっています。ただ、意味はちゃんと受け取れるので、非常に面白くて勉強になります。
――私には、北森先生に何かを問うても禅問答のような答えしか返してもらえなかった記憶があって。ロジカルであることをそれほど重視されている方ではない、という勝手な印象を持っていました。デジタルツインのおかげで、根っこはそういう意味だったのか、と気づいたり。まぁ、本当のところはわからないんですけどね(笑)。
溝井先生 現段階では1学科分しか分析できていませんが、他の2学科についても分析する予定です。まとまったらラーニングバリューさんにもお渡ししたいと思います。
※本対談は報告書第一稿をもとに行われており、原稿内表現はそれに準じています。溝井先生による分析レポートはリンク先よりご覧いただけます→★左の星印をクリックすると【2025自己の探求解析OECU】に遷移します
――ありがとうございます。『自己の探求』の一日版を実施した学科と、二日版を実施した学科の違いなどは我々も興味が非常にあるポイントです。ぜひ拝見したいので、よろしくお願いします。
この結果を踏まえて、溝井先生ご自身は今後、新入生や大学全体に対してどのような展開をお考えですか?
溝井先生 まず、『自己の探求』のようなプログラムを実施したことで、学生たちが良い方向に変化しているという事実を、学内にもっと広く周知していく必要があると感じています。そもそも、こうした取り組みが行われていること自体を知らなかったり、関心がなかったりする先生もまだ多いのが現状です。プログラムを経た今の学生たちの状態を、まずは教員全体で正しく認識してほしい。そのための認知をどう広げていくかが、目下の課題ですね。
個人的には、今回プログラムを受けた学生たちが、来年もう一度受けることでどう変わっていくのか、その経年変化を追ってみたいという思いがあります。また、この取り組みを他の学科にも広げたほうがいいのかどうかについても考えています。
――なるほど。先生のお話を伺っていると、北森先生がおっしゃっていた「発達的時間差の尊重」という言葉を思い出します。学生一人ひとりに成長のペースがあるように、学科ごとにも変化のペースがあるのかもしれませんね。その違いを楽しみながら進めていけると良いのかもしれない、と私は感じました。
溝井先生 先ほど理事長の発言としてお伝えしましたが、学生の変化以上に大きな課題は、我々教員の方がその変化についていけていない、という点です。学生たちはプログラムを通じて横の結束を強めているのに、教員組織は相変わらず。隣の先生が担当している科目のことに関心がないだけでなく、何も知らない先生が、学生たちがせっかく作り上げた良い雰囲気を壊してしまわないかも心配しています。やはり、教員間の横のつながりもつくっていけたらいいなと思います。
――おっしゃる通り、最後の関所はそこだと私たちも考えています。学生に影響を与えるのは、間違いなく先生方のチームビルディングですから。ただ、先生方を集めて画一的なプログラムを実施するのがよいかというと、それには疑問もあります。一人ひとりが高い専門性を持ち、個人の研究室で深く探求していくという、いわゆる「個室文化」も大学の良さの一つですから。
ふと思ったのですが、貴学では「グループ担任制」を導入されていますよね。
溝井先生 そうですね。
――熱心に取り組まれている先生もいれば、そうでない先生もいらっしゃるというお話でした。例えば、このチームビルディングの考え方のご紹介がてら、各先生がグループ担任として学生とどのように関わっているのか、ワークショップ形式でお互いに意見交換するような場を設けるというアイデアもあるかもしれませんね。工夫されている先生は、意外とそのノウハウを他の方におっしゃることを遠慮されていることが多いですし、一方で、何をすれば良いか分からずに困っている先生もきっといらっしゃるはずです。場作りをして、先生同士が意見交換できるようになれば、組織としての関わり方も、よりよい方向に進むきっかけになるかもしれませんね。
※肩書・掲載内容は取材当時(2025年7月)のものです。
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溝井先生へのインタビューの最後は、北森先生の「デジタルツイン」を通しての『チームビルディングの効果』へと発展していきました。デジタルツインとは、ネット上にある北森先生に関する様々な情報をAIに読み込ませ、いわば北森先生のアバターを作り出すことです。そのデジタルツイン(=北森アバター)を通して、様々な出来事やプロセスを評価したり検討したりできると考えると、溝井先生のお話を伺いながらワクワクしてしまいました。
北森先生のデジタルツインから教わったことで、とりわけ私の大きな気づきになったことは、記事中にもありますが「発達的時間差の尊重」と言う考え方です。学生集団のグループ学習などをファシリテーターとして進めていると、学びの深い(深く見える)グループや、雑談の多い、あるいは沈黙の多い(学びが浅く見える)グループが、ハッキリと見えてきます。特に後者のグループの学びの支援のためにどう介入するのかは、グループ学習に取り組まれている先生方が最も悩まれる課題かと思います。この「発達的時間差の尊重」と言う考え方を取り入れてみると、『後者のグループへの介入』ではなく『前者が良し、後者がダメ』と言うファシリテーター側の価値観にまず目を向けてみる必要がある、と感じました。チームビルディングを促進するうえでの大切な価値観の一つは、「違いを尊重する(≒楽しむ)」と言うことです。前者と後者の違いを楽しみながらファシリテーションしたら、場はどう進んで行くのだろうか、そんなことを考えさせられたインタビューになりました。



