連載3-1/孤軍奮闘の発起人からチームを信じるリーダーへ。学生主体組織の黎明期の軌跡【日本工業大学】
- 5月11日
- 読了時間: 9分
本連載では、日本工業大学の「学生広報スタッフ」の活動についてご紹介しています。2023年に始まった学生組織が主体的にオープンキャンパスを運営する取り組みについて、前回までは組織をサポートする入試部入試課職員のお二人にお話を伺ってきました。ここからは実際に現場で悩みつつ、組織運営に奔走してきた学生たちに焦点を当てていきます。まずは、立ち上げメンバーとしてゼロから組織をつくり上げ、強力なリーダーシップで初期の混乱期を支えた、基幹工学部機械工学科4年生のKさんにご登場いただきます。彼がこの活動に取り組むようになった動機から、組織が急拡大する中で直面した課題にどう向き合ったのか。卒業を控えた彼が語る言葉に、組織づくりの本質と、成長の跡を感じることができました。

―― まずはKさんが日本工業大学に入学した経緯から教えてください。
Kさん 僕は合格した中から距離が近いという理由で日本工業大学を選びました 。機械工学科を選んだのも、将来就職することを考えた時に、なんとなく「車関係の仕事に就けたらいいかな」というイメージを持っていたからです。
―― 入学当時、高校時代とのギャップなどは感じましたか?
Kさん 何もかも自分でやらなきゃいけない、というのは大きく違いましたね 。高校までは時間割が決まっていましたが、大学では履修登録も自分次第。先輩から「この授業はおススメだよ」といった情報を集めていくので、本当に情報戦だなと思いましたし、自分がやりたいことが本当にできるのかなという不安もありました 。
―― 当時、「やりたいこと」というのは明確にあったのですか?
Kさん なんとなく周りを見返したいとか、自慢できる自分になりたいという思いが強くて、大学1年生の時は、ひたすらそれを目指して勉強していました。英語学習サポートセンターに通って英語を勉強したのもそんな理由からです。ネイティブの先生のもとで、違う文化に触れてみたいなと思って。そこで、当時4年生だったM先輩に出会ったんです。その方にオープンキャンパスのアルバイトのことを教えていただいて、「何でもやってみよう」という気持ちで、まずはアルバイトとして手伝いを始めました。
――どんな思いをもって始めたのですか?
Kさん 言葉は悪いですが、最初は「簡単なアルバイト」という感覚でした。転機が訪れたのは、大学1年生の3月、ちょうど年度が切り替わる前のオープンキャンパスでした。時期的に高校生や保護者の方が少なくて、暇をもてあました僕らは学内を散歩していたんです。ちょうど職員さんや学外の取引先の方々が見学にいらっしゃっていて、「よければ大学を案内して」と声をかけられたんです。そこからキャンパス見学ツアーのようなものが始まって、職員さんに「今後、こういう風に学生主体で運営していこうと思うんだけどどう思う?」と聞かれて。僕は「絶対やったほうがいいと思います」と即答しました。
―― なぜ「絶対やったほうがいい」と思えたのですか?
Kさん それまでのオープンキャンパスは、少し寂しいものだったんです。「会場を開放するので自由に見学してください、気になったら質問してください」という放任主義のようなスタイルで、こちらから積極的に情報を伝えるということをしていませんでした。僕も「もっと活発に何かできたらいいのに」と思っていたし、自分自身も大学生活に慣れてきて、何か委員会活動に入ろうかなと考えていた矢先の話だったので、すぐに乗っかりました。
―― なるほど、何かやりたいと思っていたKさんにとってもいいチャンスだったんですね。そこから、どのように組織をつくっていったのですか?
Kさん とりあえず僕一人では無理なので、どういう人材が必要か、何人必要なのかを考えました。当時の来場者が200〜300人程度だったので、入試課が雇っていたアルバイトの人数を参考に、15人くらいは必要だなと計算して。メンバーは英語学習サポートセンターにいた先輩や学科の友人など、僕の周りでやる気がありそうな人や、誰とでもすぐにコミュニケーションを取れる人を中心に声をかけました。15人のメンバーが集められたので、入試課の方と趣旨説明をして、ほぼぶっつけ本番でオープンキャンパスをスタートしました。
―― すごい行動力ですね。それまでのオープンキャンパスとはどのようなことを変えたのですか?
Kさん 大きく変えたのは「動線」です。それまでは受付後に自由解散だったのを、一旦来場者全員を集めて「ウェルカムセレモニー」という大学紹介を行い、そこから各学科へ誘導して学科の説明を聞いてもらう流れにしました。以前は職員の方がやっていた大学紹介の部分も学生が担うようにしたり、「なんでも相談コーナー」を作って生の学生の声を聞けるようにしたりと、学生との接点を増やすことを意識しました。
―― 実際に学生主体で運営してみて、いかがでしたか?
Kさん いやもう、大変でした。1年目は何もかもが手探り状態で、毎回受付のやり方や誘導の動線を変えてみたりして。何より大変だったのは、僕が入試課と学生の間に立って、企画も情報伝達も、すべてを回さなければならなかったことです。
―― まさに孤軍奮闘ですね。
Kさん いろんな学科の人が集まっているのでスケジュール調整も大変で。せっかく賛同して集まってくれたんだから、僕がその分やらなきゃいけない、その姿勢を見せるしかないと思って、めちゃくちゃやってました。でも、2年目(3年生)になって、「僕が引退したり卒業したりしていなくなった時」のことを考えるようになったんです。この役割を次のリーダーが一人で全部引き受けるのは絶対に無理だし、ある程度分割しないと処理が追いつかないという話になり、「学生広報スタッフ」という名前をつけて組織化することにしました。
―― それが、現在のような係やリーダーを配置する組織化の始まりだったんですね。組織化してから、メンバーの関係性に変化はありましたか?
Kさん 1年目はみんなやる気があって、「この活動おもしろい!」という熱量だけで動けていました。先輩後輩関係なく仲良く、勝手に動いてくれていたんです。2年目は、僕たちが運営したオープンキャンパスを見て「自分もやりたい」といって後輩が30人ぐらい入ってきてくれました。メンバーが50人規模になったあたりから、個々の熱量の違いを感じるようになったんです。
―― 例えばどんなことですか?
Kさん 1年目からやっているメンバーからすると、「なんでこうしないの?」「なんで動けないの?」と感じてしまう場面があって、ギクシャクしていたというのはよく聞きました。仲良くはなっているけれど、周りの人との意見交換や連携がうまくいっていなかったんです。
―― なるほど、人数が増えたことで、初期の「阿吽の呼吸」が通じなくなったんですね。
Kさん 僕自身も、3年生になって専門科目の授業も忙しいし、アルバイトもある。開催回数も増えて、次から次にオープンキャンパスがやってくるので、誰かに相談している暇もなくて。僕自身も病みそうになって本当にしんどい時期でした。
―― そんなピンチに陥っていたKさんに、1学年上の先輩、Iさんがサポートについたと聞きました。
Kさん はい。入試課との相談内容の共有ができるようになって、だいぶ楽になりました。特に助かったのは「シフト作成」です。メンバーが30〜50人に増えて、1年生を育てなきゃいけないけれど、教えられる2年生以上のメンバーが少ない。誰と誰を組み合わせるか、相性を見ながら話し合って決められるようになったのは大きかったです 。
―― 相性というのは具体的に?
Kさん 少し話すのが苦手な子には、話し上手な人と組ませるとか。大学生活やテストの話をするなら同じ学科の先輩と一緒の方がいいかな、とか。研修のグループワークを通じて「この子こんな感じなんだ」と人となりを感じ取れるようになっていたので、それも役に立ちました 。
―― 研修のお話が出ましたが、どのようなことが行われているのですか?
Kさん 最初の年の研修では、来場者が何を知りたいのかをどう深掘りするか、ということを学びました。「どこに行きたいですか」と聞いても、誰もが明確に答えられるわけではないので、その引き出し方や立ち振る舞いを教えてもらいました。あれは本当にためになりました。 2年目以降は、同じワークをやる中でも、「もっとこうした方がいいんじゃないか」と運営側の視点で考えて、実践する練習の場として捉えられるようになりました 。
―― 組織化に伴い、「理念」や「目的」についても話し合ったそうですね。
Kさん 「なぜ学生広報スタッフという組織がつくられたのか」といったオープンキャンパスの目的については話したし、それはみんなの指標にはなったと思います。 ただ、ぶっちゃけ、僕は理念云々よりも、オープンキャンパス自体を楽しんでもらえればいいかなと思っていたんです。目標をガチガチに定めて「仕事としての使命感」にしてしまうより、僕たちが役割を楽しんでいる姿を見せて、「あ、この大学楽しいんだ」と伝わることの方が大事だと思っていました。 実際、目標設定によって、みんなが少し「仕事」として感じすぎてしまった部分もあったのかな、と反省することもあります。もちろん、同じ方向を向くために理念は必要だとは思いますが。
――3月に、入学予定者である高校生を集めて行う「入学前準備説明会」もKさんたちが始めた取り組みなんですよね。
Kさん はい。大学に入る前の不安解消と、大学生活を前向きに描けるように、友達作りの場を提供することを目的としたイベントです。学生広報スタッフが研修を受けてファシリテーター役を務め、高校生向けのグループワークの進行や大学紹介を行いました。オープンキャンパスで僕が対応した高校生や保護者の方が来てくれて、「うちの大学に入るんだ」とわかった時は嬉しかったですね。このイベントも初めての試みでしたが成功して、その後も毎年継続して行われているのは、成功の証かなと思っています。
―― 4年間の活動を通して、Kさんご自身にはどのような変化がありましたか?
Kさん 2・3年生の頃は、正直「これだけやってきて、俺すごくね?」みたいに思っていました(笑)。でも、4年生になって俯瞰して見た時、「本当は周りの人のおかげだったんだな」と気づいたんです。職員さんも含め、いろんな方々がそれぞれの場所で動いてくださって、そのつながりがあったからこそ、オープンキャンパスが成功したんだと。組織を運営している渦中では見えなかったことですが、多くの人の協力で成り立っていたんだと心から思いました。
―― その気づきは、今後の社会人生活にも活かせそうですね。
Kさん そうですね。僕はメーカーに内定をいただいているのですが、将来は専門職を極めるか、管理職としてマネジメントに行くかという選択があるそうです。僕は今回の経験を通じて、人と関わったり、チームで何かをしたりすることが得意だと感じたので、管理職としてやっていけるように頑張りたいと思っています。仕事の振り方や、「この人とこの人を合わせたら最強なんじゃないか」という見極めなど、ここでの経験が活きてくるはずです。専門性のある最強の管理職になるのが、一番の理想ですね。
―― 最後に、後輩たちへメッセージをお願いします。
Kさん 僕自身、「何か新しいことを始めたい」「就職活動で有利になればいいな」という個人的な動機からスタートしました。周りのメンバーもそうでした。だから後輩たちにも、自分の将来の役に立てるためにこの組織を使ってくれたらいいなと思います。自分がどんな経験をしたいか、ここでの活動を通じて何を得たいか。それを自分の将来につなげていってくれればいいなと思います。
※肩書・掲載内容は取材当時(2026年2月)のものです。



