連載4-1/「まなぶる」進化の裏側。教員の協働が生んだ授業設計のブレイクスルー【特別編 大学の学びあい】
- odlabo
- 3 時間前
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【特別編 大学の学びあい】と称して、神戸常盤大学の初年次教育「まなぶる▶ときわびと」(以下「まなぶる」)にスポットを当て、開かれた学びの場と大学間交流の様子をご紹介してきた本連載。最後にお話を伺ったのは神戸常盤大学の京極重智先生(教育学部 こども教育学科 講師)。第1回にご登場いただいた大城亜水先生とともに、「まなぶる」の授業設計を担っておられます。全学科の学生が混ざり合い、教員も学科を超えてペアを組む「まなぶる」は、開始から8年を経て、大学の文化として定着しつつあります。しかし、その裏側には、コンテンツ設計の苦悩と試行錯誤がありました。専門分野もキャリアも異なる教員たちが、いかにして「チーム」となり、授業を進化させていったのか。その過程に迫ります。

――まずは、京極先生のご専門についてお聞かせください。
京極先生 専門は「人間にとって教育とは何か」を問う、教育人間学や教育哲学です。学校教育だけでなく、さまざまなライフステージにおける広い意味での教育、つまり人間形成や人間変容について関心をもっています。
大学院の修士・博士課程では、「高齢者の学び」や、教育の中で「老い」や「衰え」というものをどう捉えたらいいのか、というテーマに取り組んでいました。特別養護老人ホームでフィールドワークを行い、認知症の方と職員の方のコミュニケーションを参与観察したり、インタビューの分析を行ったりしていました。その後、ご縁があって本学に専任講師として着任しました。
――現在はどのようなことに関心をお持ちですか?
京極先生 研究という意味では、「哲学対話」に関心があり、現在は付属幼稚園で子どもたちと実践しています。ただ、3~5歳の子どもを対象にすると、回答の妥当性がわかりづらいので、子どもそのものではなく、そこに関わる大人、例えば担任の先生などにどんな影響があるのかを調査しています。
また、今回のテーマでもありますが、チームビルディングという観点から、そこで形成される「共同体」や「チーム」のあり方にも関心を持ち続けています。
――「まなぶる」は学生の成長だけでなく、関わる教員やSA(スチューデント・アシスタント)の成長も重要な要素ですから、先生の研究視点とも重なりますね。最初に「まなぶる」に関わった時の印象はいかがでしたか?
京極先生 通常の授業というのは、ある程度展開が決まっていて、見通しも定まっています。しかし「まなぶる」は、やり方が自由というか、どんな取り組みも許容される懐の深さがあると感じました。また、教員から学生への一方通行のやりとりではなく、対話的・協働的な部分が強く感じられ、最初の印象としてはそこが強く残っています。
――その後、科目責任者の光成先生から、大城先生と一緒に授業設計を担うコンテンツチームを任されることになりました。その時はどのようなお気持ちでしたか?
京極先生 コンテンツチームに入ったのは2年目からだったと思います。「まなぶる」の面白さは感じていましたし、そのコンテンツを作ることへの興味もありました。
ただ一方で、自由勝手にやっていいものではないですし、責任も重い。正直なところ、上の人から言われたので断れない面もありました(笑)。だから、「面白そう」半分、「仕事だから仕方ない」半分、といった気持ちで引き受けたのを覚えています。
――京極先生と大城先生がコンテンツチームの中心になってから、「まなぶる」の学びのテーマがより明確になっていったように感じます。
京極先生 そう評価していただけると嬉しいですが、私たちが担当し始めた7年前と比較すると、本当の意味での変化は、元小学校教師のT先生と、元高校教師のF先生がコンテンツチームに入ってきてからですね。あのお2人の加入は、かなり大きな変化でした。正直、大城先生と私だけではブレイクスルーできなかった部分があったので。
――「ブレイクスルーできなかった部分」とは、具体的に何だったのでしょうか?
京極先生 端的に言えば、私と大城先生はまなぶるの「授業づくり」があまり上手ではなかったんです。2人とも各自の専門分野については知識があり、教えた経験もあります。しかし、「初年次教育」として高校を卒業したばかりの学生を対象に、15週の授業をどう構成し、どう進めていくかについては、ほぼ素人でした。
――当時の授業はどのように構成していたのですか?
京極先生 小中高の指導案に比べたらだいぶ緩いですが、各週に大体どんなコンテンツをやって、どのタイミングで振り返りするかなど、事前に共通のシナリオは用意していたんです。ただ、何をねらいにしているのかということを明確にしないまま、とにかくワークをやっていくような形になっていた。2人で作業を分担して、どのコンテンツをどちらが担当するか決めて、各自が考えてくるような感じで進めていました。今になって思えば、部分的に改善するけど、全体の展開やねらいが見えてなかったんじゃないかなと思います。
――なるほど、持ち寄ったものをつなげたものの接続がよくないこともある、という状況だったんですね。そこへ、実務経験豊富なT先生とF先生が入ってこられたわけですね。
京極先生 全然変わりましたね。特にT先生は、「授業をうまく作っておかないと、小学生なら飽きて授業が崩壊してしまう」とおっしゃって。2人の加入によって、コンテンツにメリハリが生まれ、「それぞれのワークや全体を通して何をねらいとするのか」という軸がはっきりしました。
――具体的には、どのような軸ができたのですか?
京極先生 T先生の研究関心でもある「アーギュメント」、具体的には「ロジカルシンキング(論理的思考)」と「クリティカルシンキング(批判的思考)」を主軸に据えました。
論理的な主張には、根拠となる事実とその理由づけが必要で、それらがつながっている関係が「ロジカル」。そして、その主張や根拠、理由づけは本当に正しいのかと問うのが「クリティカル」。
この2つを軸にして、ライティング、ディベート、プレゼンテーションを配置するという構造に整理しました。それまでは、魂が入っていないというか、いろいろやっているけれどつながっていない状態でしたから、劇的な変化です。
――ちなみに、T先生とF先生をどうやってコンテンツチームに巻き込んでいったのですか?
京極先生 「コンテンツは作らなくていいです。ただコメントだけください。コメントしたからといって、それをあなたたちが作る必要はありません。修正や作成は私たちがやります」と伝えて頼みました。「無責任チーム」と位置づけて、発言に対して責任を負わなくてもいいので、とにかく何でもいいからコメントをする立場で参加してもらったんです。
――「責任を負わなくていい」と言われると、ハードルが下がりますね。
京極先生 そもそも、仕事が増えるのは目に見えているので、誰もコンテンツチームには入りたがらないんですよ。私たちが作ったものを尊重してくれて、「横から口を出したら失礼かな」という空気感もありました。でも、私たちは限界を感じていて、とにかく他の人の意見に飢えていた。仕事を投げるためではなく、純粋にコメントが欲しかったんです。
最初の1年は、T先生とF先生には自由に発言してもらっていましたが、その後、正式にメンバーとして加わってもらうことになりました。
――各先生の経験を発揮してもらいつつ、自然と当事者意識を持ってもらう。京極先生の作戦勝ちですね。
京極先生 狩りと同じで、捕まえにいくと逃げるので、餌を巻いて獲物を待っていたような感じです(笑)。
もし最初から「コンテンツチームに入ってください」と真正面から頼めば、仕事として割り切って入ってくれるかもしれませんが、それでは意味がなかったと思っています。結局、「ここはあなたが担当ね」と分担作業になって、各自でコンテンツを考えるだけになっていたかもしれませんから。
――それこそが組織開発のポイントかもしれません。小学校の係活動のように、最初に役割をバシッと決めてしまうと、自分の担当のことだけ一生懸命になったり、希望していない係ならやらされ感満載になったりする。今回のケースは、反対に、関わりやすい入口から面白がってもらいながら徐々にチームの一員になり、役割を担ってもらえるようになった。チームビルディングの機微のようなものを感じますね。
(連載4-2へ続く)
※肩書・掲載内容は取材当時(2025年11月)のものです。



